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R08

賃金をめぐる問題(非常時) 

KeyWords  金品の返還非常時払休業手当
 いざというときに頼りになるのは、やっぱりお金です。
 ここでは、退職、死亡、休業などの非常事態が発生したときの賃金に関する規定を学びます。

1.金品の返還(23条)
 「使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があった場合においては、7日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない」
 「同2項 前項の賃金又は金品に関して争がある場合においては、使用者は、異議のない部分を、同項の期間中に支払い、又は返還しなければならない」
 
 趣旨
 労働者が退職した場合、早急に(7日以内に)賃金その他を清算させることによって、
 @労働者の足どめ策の防止
 A退職後の当面の生活の保障
 B不払い、不返還の防止(「去るものは日々に疎し」)を図る。
 権利者
 「権利者とは、一般権利者を含まないこと」(S22.9.13発基17)
⇒ 借金取りに払ってはならない。
 「従業員が死亡した時の退職金の支払いについて別段の定めがない場合には民法の一般原則による遺産相続人に支払う趣旨と解されるが、労働協約、就業規則等において、施行規則42条、43条の順位(遺族補償の受給順位)による旨定めても違法ではない」(S25.7.7基収1786)

2.非常時払(25条)
 「使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない」
 厚生労働省令で定める非常の場合(施行規則9条)
1  労働者の収入によって生計を維持する者が出産し、疾病にかかり、又は災害をうけた場合
2  労働者又はその収入によって生計を維持する者が結婚し、又は死亡した場合
3  労働者又はその収入によって生計を維持する者がやむを得ない事由により1週間以上にわたって帰郷する場合
 
 結婚するときには、上記2により、給料日前でも、働いた分の給料の支払いを請求することができます。
 働いた分ですから、前仮りではありません。非常時払です。
 労働者の収入によって生計を維持する者 厚生労働省編「労働基準法(上)P358(生計維持)」
 「労働者が扶養の義務を負っている親族のみに限らず、労働者の収入で生計を営む者であれば、親族でなく同居人であっても差し支えないが、親族であっても独立の生計を営む者は含まれない」
 疾病、災害 厚生労働省編「労働基準法(上)P357(疾病等)」
 「疾病、災害は、業務上の疾病、負傷であると業務外のいわゆる私傷病であるとを問わない。洪水、火災等による災危も災害に含まれると解して差し支えない」
 既往の労働に対する賃金 厚生労働省編「労働基準法(上)P358-359(既往の賃金)」
 「既往とは、通常は請求の時以前を指すが、特に請求があれば、(非常時払いの)支払の時以前と解すべきであろう。いずれにしても、使用者は特約のない限り、いまだ労務の提供のない期間に対する賃金を支払う義務はない。
 月給等で賃金が定められている場合には、「既往の労働に対する賃金」は、施行規則19条に規定する方法によって、これを日割計算して算定すべきである。
 なお、労働者の賃金が既往の労働に対する賃金の一部である場合には、請求のあった金額をしはらえばよい。
 なお、本条による賃金の支払についても、24条1項(賃金支払の原則)の規定が適用される
 
3.休業手当(26条)
 「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない」
 
 意義あり?
 民法536条2項 「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない 
  すなわち、使用者の責めに帰すべき事由によって債務の履行(賃金の支払)ができなくなったときは、使用者は反対給付(賃金の100%相当額の給付)を履行しなければならないはず。
 しかしながら、60%をもって足りるとする労基法のこの規定は、労働者にとって不利ではないかという反論が出てきそうである。
 しかし、通達(S22.12.15基発502)によれば、
 「本条は民法の一般原則が労働者の最低生活保障について不十分である事実に鑑み、強行法規で平均賃金の100分の60までを保障せんとする趣旨であって、民法536条2項の規定を排除するものではない」
 つまり、残りの100分の40について争う権利は失われていないとしている。(労使双方の合意により、この民法の規定を排除する契約があれば、当然これは失われる)
  結局のところ、100分の60については、裁判を起こさなくても労基法により保障するから、それだけでは納得ができないときは、残りの100分の40についてば、裁判でかたをつけてくれといっているのである。
 また、民法でいう債権者の責めに帰すべき事由は、原則的には故意、過失によるものであって、例えば、経営不振に陥って休業に追い込まれた場合などに、この条項が適用される保障はない。
 この点、労基法では「使用者の責に帰すべき事由」をより広く捉えており、判例、通則などから、
 「使用者の責に帰すべき事由とは、使用者の故意、過失又は信義則上これと同視すべきものとされる民法の概念より広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む。ただし、不可抗力によるものは、含まれない」
 休業とは 厚生労働省編「労働基準法(上)P369(休業)」
 「「休業」とは、労働者が労働契約に従って労働の用意をなし、しかも労働の意思をもっているにもかかわらず、その給付の実現が拒否され、又は不可能となった場合をいう。したがって、事業の全部又は一部が停止される場合にとどまらず、特定の労働者に対して、その意思に反して、就業を拒否する場合も含まれる」
3.1 休日の休業手当 (S24.3.22基収4077)
 「使用者が26条によって休業手当を支払わなければならないのは、使用者の責に帰すべき事由によって休業した日から休業した最後の日までであり、その期間における35条の休日及び就業規則又は労働協約によって定められた35条によらざる休日を含むものと解せられるが如何」という質問に対する回答は、「休業手当は、民法536条2項によって全額請求しうる賃金の中、平均賃金の100分の60以上を保障せんとする趣旨であるから、労働協約、就業規則等又は労働契約により休日と定められている日については、休業手当を支給する義務は生じない」
3.2 休業手当の額 (S27.8.7基収3445)
 「所定労働時間が通常より短い日(例えば半日)であっても、その日の休業手当は平均賃金の100分の60以上支払わなければならない。また、一日の所定労働時間の一部のみを休業とした場合、現実に就労した時間に対して支払われる賃金が平均賃金の100分の60に満たない場合には、その差額を(つまり、合計で100分の60以上となるように)支払わなければならない」
3.3 使用者の責に帰すべき事由
(1)ロックアウト (S23.6.17基収1953) 
 「労働者側の争議行為に対し、使用者がこれに対抗する争議行為としての作業所閉鎖(ロックアウト)は、これが社会通念上正当と判断される限り、その結果労働者が休業のやむなきにいたった場合には、「使用者の責に帰すべき事由」とは認められない」
(2)一部ストの場合 (S24.12.02基収3281)
 「労働組合が争議をしたことにより、同一事業場内の当該労働組合員以外の労働者の一部が労働を提供し得なくなった場合にその程度に応じて労働者を休業させることは差支えないが、その限度を超えて休業させた場合には、その部分については、法26条の使用者の責に帰すべき事由による休業に該当する」

(3)健康診断結果による労働時間の短縮措置 (S63.3.14基発150(健康診断))
 「労働安全衛生法第66条による健康診断の結果、私傷病のため医師の証明により休業を命じ、又は労働時間を短縮した場合、労働契約の不完全履行を理由として休業した時間に対しては賃金を支払わなくてもよいか、あるいは労働基準法26条による休業手当を支給しなければならないか」という問いに対する回答に、
 「労働安全衛生法66条の規定による健康診断の結果に基づいて、使用者が労働時間を短縮させて労働させたときは、使用者は労働の提供のなかった限度において賃金を支払わなくても差し支えない。
 ただし、使用者が健康診断の結果を無視して労働時間を不当に短縮もしくは休業させた場合には、26条による休業手当を支払わなければならない場合の生ずることもある」
(4)親工場の経営難 (通達(S23.6.11基収1998)
 「親会社からのみ資材資金の供給をうけて事業を営む下請工場において、現下の経済情勢から親会社自体が経営難のため資材資金の獲得に支障を来し、下請工場が所要の供給をうけることができずしかも他よりの獲得もできないため休業した場合、その事由は法26条の「使用者の責に帰すべき事由」とはならないものと解してよいか」というお伺いに対して、回答は、
 「使用者の責に帰すべき休業に該当する」
(5)採用内定者の自宅待機」(S63.3.14基発150)
 「新規学卒者の採用内定については、遅くとも採用内定通知を発し、学生から入社誓約書又はこれに類するものを受領した時点において、例外的場合を除いて一般には、当該企業の例年の入社時期を就労の始期とし、一定の事由による解約権を留保した労働契約が成立した とみられる場合が多いこと。したがって、そのような場合において、企業の都合によって就労の始期を繰り下げる、いわゆる自宅待機の措置をとるときは、その繰り下げられた期間について、休業手当を支給すべきものと解される
 その他
 「計画停電が実施される場合の労基法26条の取扱い」通達(基監発第1号H23.03.15)
 「@計画停電の時間帯における事業場に電力が供給されないことを理由とする休業については、原則として26条の使用者の責に帰すべき事由による休業には該当しない。
 A計画停電の時間帯以外の時間帯の休業は、原則として26条の使用者の責に帰すべき事由による休業に該当する。
 ただし、計画停電が実施される日において、計画停電の時間帯以外の時間帯を含めて休業とする場合であって、他の手段の可能性、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、計画停電の時間帯のみを休業とすることが企業の経営上著しく不適当と認められるときには、計画停電の時間帯以外の時間帯を含めて原則として26条の使用者の責に帰すべき事由による休業には該当しない。
 B計画停電が予定されていたため休業としたが、実際には計画停電が実施されなかった場合については、計画停電の予定、その変更の内容やそれが公表された時期を踏まえ、@及びAに基づき判断する」
  代表的な判例
 最高裁判例「賃金(いわゆるノースウエスト航空事件)」(S62.7.17)
 この事件は、会社が別会社の社員を搭乗員として使用していることについて、労働組合は職業安定法違法であり、別会社の社員を自社社員として雇用するよう要求してストに突入。このストの影響で、会社は業務の一部を停止せざるを得なくなり、一部の従業員の就労が不要になったため、労働組合に所属していない従業員に休業を命じた。
 これに対して、「ストライキによる休業で労働できず、賃金の支払を受けなかったのは会社の責任であるとして、当該労働組合員以外の者が、この間の賃金の支払いを民法536条2項により請求し、これが認められない場合にも、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」にあたるとして休業手当の支払いを求めた」ものである。
 これに対する判決の要旨は、
 「労働基準法26条が「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合に使用者が平均賃金の六割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定し、その履行を強制する手段として附加金や罰金の制度が設けられているのは、右のような事由による休業の場合に、使用者の負担において労働者の生活を右の限度で保障しようとする趣旨によるものであって、同条項が民法536条2項の適用を排除するものではない。
 休業手当の制度は、右のとおり労働者の生活保障という観点から設けられたものではあるが、賃金の全額においてその保障をするものではなく、しかも、その支払義務の有無を使用者の帰責事由の存否にかからしめていることからみて、労働契約の一方当事者たる使用者の立場をも考慮すべきものとしていることは明らかである。
 そうすると、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」の解釈適用に当たつては、いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。
 このようにみると、右の「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであつて、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である」とある。 ・・・・・
 労働者の一部によるストライキが原因である等種々の状況を考慮すると、ストライキの結果上告会社が被上告人らに命じた休業は、上告会社側に起因する経営、管理上の障害によるものということはできないから、上告会社の責に帰すべき事由によるものということはできず、被上告人らは右休業につき上告会社に対し休業手当を請求することはできない」